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7月7、8日、2590地区と2780地区の合同行事、富士登山が開催されました。
参加者数は両地区の交換学生、ロータリアン、ROTEXあわせ約30名でした。
2590地区と2780地区はこれまでも広島・京都旅行、歌舞伎鑑賞会を共同で行っており、この日集まった学生たちもほとんど既に面識があったようです。そのため、山中湖湖畔の宿舎へ向かう車中には、にぎやかに歓談する声が響いていました。
夕方6時に宿舎に到着。
夕食の後にオリエンテーションが行われ、そこでロータリアン、ROTEXからの諸注意の伝達と登山当日のグループ分けがなされました。グループは厳密に分けるのではなく、体力、体調に応じて大まかに3っに分けました。それぞれのペース、体力が分からない者同士がグループを組み、厳密にそれを守って登ることは体力の消耗が激しく、現実的ではありません。初めは大きなグループで登り始め、登って行くうちに自分のペースの合う人を見つけもらう目的でのグループ分けです。
また、決して単独になることなく必ず3人以上で登ること、大まかな先頭集団、中段、最後尾それぞれにロータリアン、ROTEXを配することにより、安全を確保しました。
オリエンテーション終了後、山中湖湖畔で花火をしました。
今年はロータリアンの方のくださったものの他に、ロシアへの派遣学生がバック一杯の打ち上げ花火を持参してくれていました。相当量の花火だったので、煙にむせつつ長い時間楽しむことができました。
友人たちと過ごす夜は胸躍るものですが、翌日の登山に備え多くの学生は早いうちに床につきました。騒いだり羽目を外す学生もおらず、ROTEXとしても安心して眠りにつくことができました。
8日午前4時半、みんなを乗せたバスは富士山5合目を目指して宿舎を出発しました。起床時間は午前4時。多くの学生たちはバスの中で寝息を立てていました。
5時45分に富士山5合目に到着。準備を整え、6時に登頂がはじめられました。
登り始めの天気は半天晴れ、半天曇りと言ったところ。一時雲が覆うこともありましたが、特に崩れることもなく、日差しも抑えられたのでまずまずの登山日和だったと言えます。気温もそれほど下がることはありませんでした。
平日だったため、混雑はしていませんでした。登山客は日本人よりも外国人の方が多く目に付き、それぞれ韓国語、英語、ドイツ語などで励ましあいながら頂上を目指していました。
学生たちは前日に分けられたグループの中から、自分のペースの合う相手を見つけ、励ましあいながら登ったようです。
3時間弱のペースで頂上に一番乗りをしたカナダとブラジルからの留学生。「もうダメ、もうダメ!」と泣きながらも4時間弱のペースで登りきったロシアからの来日学生。寡黙に登り続けたものの、頂上が見えた途端にケロリと元気になり、みんなを応援し歩みを進めたオーストラリアからの来日学生。はじめは最後尾付近にいたものの、グングンとペースを上げ何人かを追い抜き軽やかに登りきったカナダへの派遣学生。もうリタイヤしたかと思われたものの両手に杖し黙々と登り続け、時間一杯に頂上にたどり着いたアメリカへの派遣学生。8合目付近で体調を崩したものの、諦めず気力を振り絞り登り続けタイムリミットぎりぎりでみんなと頂上で再会した台湾からの来日学生。
蓋を開けてみれば、残念ながら高山病のため8合目で下山を余儀なくされた来日学生1名を除き、全員が登頂を成し遂げました。過去の富士登山でこれだけ多くの学生が成功した例はなく、快挙だと言えます。みんなの体力、そして何より精神力のたくましさを垣間見た思いです。
下山道はなだらかな砂利道で、体力の残っている人なら駆けて下りられるくらいです。しかし単調なつづら坂で、雲に覆われて景色も見えず、かえって下山道の方が退屈に感じる学生も少なくないようでした。
ほぼ予定通りの時間に全員が下山し、富士山を後にしました。
帰路、疲労のためかバスの中でうつらうつらとする学生も少なくありませんでした。
ほとんどの派遣学生・来日学生にとっては最後のロータリー行事となります。派遣学生は派遣先で、来日学生は帰国した先で今回の経験は何らかの糧となることでしょう。そのような大切な行事が、事故も怪我もなく無事に終了したことを心よりうれしく思います。
今回の行事の企画・開催、そして登山中の安全確保に尽力された2590・2780両地区のロータリアンの方々に感謝します。ありがとうございました。
そして2590・2780地区のROTEXのメンバー、ご苦労さまでした。
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